新型コロナウイルスは、物体の表面で数日間は生き続ける? 研究結果から見えてきたこと

世界的に感染が広がっている新型コロナウイルスは、物体に付着した状態でどのくらい“生き続ける”のか──。そんな重要かつ基本的な疑問に答える査読前論文が、このほど公表された。研究結果によると、新型コロナウイルスは段ボールの表面で最長24時間、プラスティックやステンレスの表面では最長2〜3日ほど生存していたという。あくまで研究室での実験結果とはいえ、こうした研究から見えてきたことがある。
新型コロナウイルスは、物体の表面で数日間は生き続ける? 研究結果から見えてきたこと
新型コロナウイルス感染症「COVID-19」の米国初の患者から分離した菌の透過電子顕微鏡写真。PHOTOGRAPH BY HANNAH A BULLOCK; AZAIBI TAMIN/CDC

あなたが家でくつろいでいられたとしても、外出できないせいで少しいらいらしているかもしれない。しかし、それは新型コロナウイルスの「流行曲線の平坦化」に貢献していることになる。

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だが、あなたが家でじっとしているわけにはいかない立場だとしよう。アマゾンの商品を配達しているかもしれないし、路線バスを運転しているかもしれない。あるいは、自らが新型コロナウイルス感染症「COVID-19」にかからないように注意しながら、病院でCOVID-19の患者の治療にあたっているかもしれない。当然のことながら、スーパーに行かなければならないかもしれない。

そうなると、こんな疑問の答えを知りたくなるかもしれない。それは新型コロナウイルス「SARS-CoV-2」が、わたしたちが毎日触れている物体の表面で生存する期間はどのくらいなのかという疑問である。


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物体の表面で感染力を維持

米国立衛生研究所(NIH)、プリンストン大学、カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)の研究チームが3月半ばに発表した査読前論文によると、新型コロナウイルスは数時間あるいは数日間にもわたって、物体の表面で生存する可能性があるという。研究室でさまざまな素材に新型コロナウイルスを付着させて実験した結果、このウイルスは物体の表面でかなり長い間、感染力を維持することがわかったのだ。

新型コロナウイルスは、段ボールの表面では最長24時間、プラスティックやステンレスの表面では最長2〜3日ほど生存していた。また、空気中に漂う小さな粒子に付着したエアロゾルの状態でも、最長3時間は生存していた。これらの結果は、いずれも2000年代初めにSARS(重症急性呼吸器症候群)のアウトブレイク(集団感染)を引き起こしたコロナウイルスの生存期間とおおむね一致すると、研究者たちは指摘している。

もっとも、これは研究室内での実験結果である。このため今回の結果は、研究室の外の世界の物体の表面における新型コロナウイルスの生存可能期間を直接は示していない可能性もあると、研究者たちは注意を促している。

エアロゾル感染するという根拠にはならない

それでも、この結果は新型コロナウイルスを理解するうえでも、このウイルスによる感染症の拡大を防ぐうえでも必要不可欠になる。感染症が流行している最中に、その原因となるウイルスの伝播動態を研究することは困難だからだ。病院などの公共スペースでは人々が消毒作業に最善を尽くしているので、流行中の病原菌の動態に関する研究が難しくなっている。

また研究者たちは、新型コロナウイルスが空気中に漂うエアロゾルの状態で、どのくらい長く生存できるか実験したものの、感染者の周辺に漂う空気を実際に採取して調べたわけではなかった。研究者たちは新型コロナウイルスを液体噴霧器に注入したのち、回転ドラムの中に噴霧し、ウイルスを含むエアロゾルが空気中に漂っている状態を維持した。それからドラム内の空気中でウイルスが生存できる時間を調べたのである。

このような条件下で新型コロナウイルスが3時間生存したという事実は、このウイルスが「空気中に漂っていた」ことを意味するものではない。つまり、「新型コロナウイルスは空気中に長時間漂っているので、感染者と空間を共有するだけでウイルスに感染してしまう」ということにはならない。

「この実験結果は新型コロナウイルスがエアロゾル感染するという根拠にはなりません」と、NIHの研究者で今回の論文の共著者でもあるネールチェ・ファン・ドレマレンは、Twitterで注意を呼びかけている。

感染経路は明確に区分すべきでない

また、細かい粒子で空気中をしばらく漂っているエアロゾルと、それよりも大きい粒子でエアロゾルよりすぐに落下しやすい「飛沫」とでは、違いがある。

新型コロナウイルスの感染者がせきやくしゃみをすると、たいていは液体の飛沫を介してウイルスが拡散する。研究結果では、ウイルスが空気中で感染力を維持していることが示されているが、これまでのところウイルスの感染者が飛沫よりエアロゾルを大量に拡散している証拠はない。

ハーヴァード大学公衆衛生大学院教授のジョセフ・アレンは今回の論文のデータについて、新鮮な空気の流れを確保し、換気をよくするといった空気感染を防ぐために効果的な予防措置をとるべきという説を裏付けると言う。アレンは今回の論文には携わっていない。

アレンは新型コロナウイルスの感染経路について、明確に区分せず連続した状態として捉えるべきであり、飛沫とエアロゾルの違いはあまり明確ではないと指摘する。「わたしたちは感染経路の厳格な違いの解明を待たずに行動すべきです。包括的なアプローチをとるべきなのです」と、アレンは語る。

「媒介物」による感染が実際どのくらい発生しているのか明確に説明することも、いまだ困難だ。ここでいう媒介物とは、病原菌が付着したのち他者の手に渡る物体を示す用語である。

安全策を継続すべき根拠になる

だが、こうした点は、感染予防のための安全策を継続すべきであるという見解を補強する根拠になる。米疾病管理予防センター(CDC)の職員は、新型コロナウイルスのヒトからヒトへの感染においては、このウイルスに汚染されている物体の表面は飛沫ほど重要な媒介物ではないと説明している。一方で、CDCは依然として徹底した消毒作業を勧めている。

多くの人々にウイルスを拡散してしまう感染者「スーパー・スプレッダー」の感染と院内感染において、SARSの場合は媒介物とエアロゾルがともに感染拡大の役割を果たしたと考えられることも、研究者たちは指摘している。

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プリンストン大学の研究者で今回の論文の共著者でもあるディラン・モリスによると、SARSやMERS(中東呼吸器症候群)を引き起こすウイルスより速く伝播する新型コロナウイルスの急速な感染拡大は、従来にない力学の働きを意味するという。数々の論文が示唆するのは、感染初期における大量のウイルス排出である。そのあいだ人々は、自宅待機を警告されるほど重篤な症状が現れるまで、通常通りの生活を過ごしがちだ。

水洗トイレの水からウイルスが拡散?

今回の論文に携わった研究者たちは、今度は気温や湿度といった環境条件がウイルスの生存能力にどう影響するのか調べる計画を立てている。現実の世界におけるウイルスの伝播についてよりよく理解すると同時に、新型コロナウイルスもインフルエンザウイルスのように、暑い夏の間はまん延の速度が遅くなるのかを突き止めたいとも考えている。

その他の研究者も、この種の問題に取り組もうとしている。中国の武漢を拠点とする研究者たちは、武漢市内の病院と周辺地域から収集したエアロゾルを調べたデータについて、もうひとつの査読前論文として3月半ばに発表した。

このデータによると、調査した場所の大部分で、空気は新型コロナウイルスに汚染されていなかった。研究者たちが調査した病院の集中治療室(ICU)のような場所では、新型コロナウイルスはほぼ検出されなかった。しかし、医師や看護師が頻繁に防護服を脱いでいた職員用エリアや患者用の移動式トイレといった複数の場所では、新型コロナウイルスが密集した状態で検出された。

研究者たちは、シンガポールの国立感染症センター(NCID)の研究者グループがシンガポール国内の病院に入院中の「COVID-19」の複数の患者を対象に実施した小規模な調査の所見にも言及している。この調査では、患者たちの大便の検体に新型コロナウイルスの排出が大量に確認された。ただ、空気中には新型コロナウイルスが確認されなかった。このため武漢の研究者たちは、調査対象としていた中国の病院では、水洗トイレの水が新型コロナウイルスを含んだ粒子を空気中に拡散した可能性があると考えるのが妥当だと主張している。

健康を維持するために重要な忠告

こうした調査は、まだ始まったばかりだ。それでも一連の研究から総合して判断すると、急増する「COVID-19」の患者の治療に取り組む医療従事者が予防措置を講じるべきであることを示していると、モリスは指摘する。

「新型コロナウイルスのエアロゾル感染について、一般の人々が心配しなければならないという根拠は現時点ではありません。それでも専門病院内での感染リスクは存在する可能性があると考えるのが、理にかなっています」と、モリスは語っている。

一方でハーヴァード大学のアレンのように、エアロゾル感染への警戒が必要な理由はほかにもあると考える研究者もいる。「すでに病院に対する指導のなかには、新鮮な空気を入れることや、これまでに以上に空気を浄化することが含まれています」と、アレンは言う。「これに対して一般市民は、同じような情報を得ていないという矛盾があると思います」

いずれにしても、健康を維持するために重要な忠告は変わらないのだと、アレンは指摘する。それは人ごみを避けること、可能なら家にいること、そして手を洗うことだ。


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TEXT BY GREGORY BARBER

TRANSLATION BY MADOKA SUGIYAMA